街角の英雄たち Heroes on Street

フェルナンド・ポー・ジュニア

フィリピン映画界の「アクションキング」

Fernando Poe Jr.(The action king of Philippine cinema)

マニラ市ロハス大通り沿い

 マニラ市エルミタ地区のロハス大通り脇に、国民服バロンタガログを着て右手を挙げ、やさしく笑いかけている立ち姿の銅像がある。台座の説明板には大きな文字で「FPJ」。「ダ・キング(王様)Da King」の名で親しまれた国民的な映画スター、フェルナンド・ポー・ジュニア氏だ。2004年12月、クリスマスを前にしたパーティの席で脳出血で倒れ、3日後に65歳の若さで亡くなった。1939生まれ。本名はロナルド・アラン・ポー。
ポー氏はマニラの高校を中退して14歳で映画界に飛び込んだ。スタントマンから身を起こし、1957年に俳優デビュー。フィリピン人離れした彫の深いマスクと勧善懲悪のアクション映画で人気を集め、国民的大スターの地位を築いた。エストラダ・マニラ市長とも同じ映画俳優仲間として親交があった。死後に国民芸術家(ナショナル・アーティスト)に選ばれている。
2004年には庶民の味方のイメージで大統領選に立候補、アロヨ大統領と互角に戦い、わずか110万票差まで追い詰めたが惜敗した。アロヨ大統領は葬儀に際し、「彼を愛し、深い熱望の対象として支持したすべてのフィリピン人のファンとともに喪に服したい」と哀悼の言葉を発表した。
妻は女優のスーザン・ロセスさん。二人の間に子どもはなく、ビサヤ地方イロイロ州ハロ町の教会前に捨てられていた生後間もない赤ん坊を養女として受け入れた。その養女グレース・ポーさんは今年の大統領選挙に出馬、父親譲りの人気と清廉なイメージを武器に一時期、支持率でトップに立った。
今年8月にはポー氏の生誕77周年式典がマニラ市の北公共墓地で開催された。大統領選で敗れた養女のグレースさんは、「父親は国民芸術家に選ばれたが遺体を英雄墓地に移すつもりはない」と控えめに話した。フィリピンでは国民芸術家に選ばれたフィリピン人は、遺族が希望すれば首都圏タギッグ市にある英雄墓地に埋葬することが認められている。
英雄墓地への埋葬にこだわり続けたマルコス家とは対照的だった。

銅像は高さ約3メートル。場所はロハス大通りとパドレ・ファウラ通り交差点付近。米国大使館の反対側のサービスロード。台座の説明板には “Tunay na Pangulo sa puso ng nakararaming Pilipino.”「フィリピン大衆が愛する真の大統領」とある。

 ◎ Navi Manila Vol.28 より

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