バタンガスの古都、タアル Taal Heritage Town

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Taal Heritage Town in Taal Municipality in Batangas was a bustling town during the Spanish era. It is famous for its old ancestral houses as well as the Basilica of St. Martin of Tours, the largest Catholic church in Asia.

バタンガス州の古都タアル町。この町はその名の通り、古い時代にはタアル湖畔にあった。タアルはスペイン植民地時代、マニラに次ぐ第2の拠点として1570~80年代に開発が始まったという。しかし1754年にタアル火山が大噴火、湖畔の町は湖と海を結んでいた川がせき止められて湖面が上昇した結果、水没してしまった。町をなくした住民は現在のバタンガス州の海べりの高台に移住して町を再建したという。タアルはその後も州都として繁栄し、フィリピン革命時の重要人物を輩出した格式高い街だ。高台に堂々と構える東洋一といわれているタアル・バシリカ教会や対スペイン革命時にフィリピンの国旗を初めて縫ったマルセラ・アゴンシリョの家、夫で「フィリピン人最初の外交官」と呼ばれたフェリペ・アゴンシリョの生家など、見どころも豊富だ。

バタンガス州バラヤン湾を見渡せる高台にあるタアル・バシリカ教会。20数段の石段を登った教会正面には 青銅の大きな鐘が据えられていた。かつては鐘楼に釣り下がっていたものだ。聖堂に入ると、天井や壁には装飾画が施された、現在でも威容を残したスペイン時代の教会だ。

「フィリピン人最初の外交官」と呼ばれたフェリペ・アゴンシリョ。米西戦争後に結ばれたパリ条約の調印式に立ち会った。フェリペはタアルの町で生まれ、マニラのサントトーマス大学で法律を学んだ。フェリペは同い年で幼なじみの上記マルセラと結婚する。夫婦ともにバタンガスの名家の出身だった。フェリペは反スペイン運動に参加するも、総督に目をつけられ、ひとりで横浜に亡命。後に香港で亡命中のアギナルドらに合流する。マルセラは夫を追うように子どもを連れて香港に向かう。そこでアギナルド将軍に頼まれて革命軍旗を手縫いして将軍のマニラ凱旋に一役買うことになる。フィリピン独立後にマニラに戻った2人は6人の子宝に恵まれてマニラで平和に暮らしたという。マルセラは戦争を生きたが、フェリペは1941年9月、日本軍の侵攻前に82歳で他界した。フェリペの生家は白い壁を基調にした美しい2階建てで、現在は「ホワイトハウス」と呼ばれる記念館になっている。

タアルはスペイン風の古い教会や建造物が残っており、「遺産のまち」として知られている。

Taal Heritage Town
Taal, Batangas
Tours: Cell. 0917-897-0363
www.taal.com.ph

アクセス  Access
ブエンディア通り沿いにある「DLTB」または「JAM Liner」バス他でバタンガスのレメリー(Lemery)行きに乗車。ブリ(Buli)で下車。所要時間3時間弱。レメリーからジプニーで「Taal Heritage Town」まで約20分。

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